なつにつ記

過去と今を自由に飛びまわる私記/エッセイ。 レトロでファニーでちょっぴり不器用なくらし。 食いしん坊。 短編小説だと思って、お暇な時にぜひに。

カンカン帽と苦い思い出 後編

カンカン帽の話の続き。

待ちに待ったカンカン帽とのお出かけは、同じクラスの友達の家に遊びに行く日となった。
子どもながらに、自慢したい(私の場合は相手が褒めてくれるのを待つだけ)気持ちもあったのだろう。

あの日どんな格好をしたかは覚えてないけど、精一杯カンカン帽に合うおしゃれをしたつもりだった。

暑い夏の日。
丘の上の家から友だちの家に向かうため、長くて急な坂を下る。
汗が張り付いて気持ち悪いけど、素敵な茶色いリボンのカンカン帽が日差しから守ってくれるし、何よりそんなことも気にならないくらいカンカン帽を被った自分に浮かれていた。

坂を下り終え、あとは平坦な道をまっすぐだ。
そんな時、道の反対側から、蝉の声をかき消すような大声が聞こえた。

「〇〇〇〇ちゃん?その帽子、似合ってないよー!!!変だよ!!」

...え??なに??なんで???
一瞬でひんやりと指先から全身が冷えた。

その声がどこからするのか、もちろん私はよく知ってる。
そこには、学童がある。
私の学校の子はもちろん、隣の小学校の子たちもいる。
私の苗字と名前を初めて口にするように呼んだその子は、その隣の小学校のボスみたいな女の子。
そして、隣にいる、私の名前を教えたであろう女の子たちは、私と同じ学校の、気の強くて苦手な子たち。

よく、知ってる。よく知ってるけど、自分に今し方起きたこととは思えなかった。

あの子達はきっと、学童の前の歩道で遊んでいて。
坂から降りてくる私の姿に気付き、あの子なんて名前?帽子似合ってないね、などとくすくす笑い合って、怖いものなど何もないボスの子が、暇つぶしに大声で揶揄うことを決めたんだろう。

馬鹿じゃない私は、そんな一連の流れなどすぐに予想できた。そして、今反応したら相手の思うつぼだと言うことも。

聞こえないふりをして歩みを止めない私を、後ろから拍子付いた残酷な声が追いかける。

「はい、きーも、きも、きも」

きも、きもい、気持ち悪い?

キモチワルイ?

そこまで言うか。
これは、私の憧れの素敵なカンカン帽で、
母が、「似合うね」って言ってくれたカンカン帽で、
父が働いたお金で、母が私に買ってくれたカンカン帽で.....

そうか、カンカン帽がどんなに素敵でも、似合わない私はキモチワルイか?

何も言い返せなかった悔しさだけじゃない、いろんな思いが、特に母の顔を思い浮かべるだけで、涙が止まらなかった。
あんな人たちの、あんな言葉で泣きたくないのに。
カンカン帽のつばがもう少し広かったら、もう少しうまく涙も隠せたのに。

その後、どうにか涙を誤魔化して友達の家で明るく過ごした。
そして、なんでもないことのように、笑い話のようにさっきおこったことを、友達に話した。
すると、「まあ、あの子たちいつもそういう感じだからね」と大人びたその子が笑う。

そう言う感じ、ね。
24歳になった今の私は、友達のその言葉を思い出して苦笑いをする。

年を重ねるたびに、経験を重ねるたびに、私はいろんな人の視点で物事を考えるのが容易になった。
小学校の教育実習で、学童に通う子たちの何人かにあの子たちの姿を重ねた。

あの子たちの親御さんは、夏休みだろうと関係なく、一生懸命朝から晩まで働いていたのだろう。
そしてあの子たちも、夏休みだろうと関係なく、決まった時間に学童に通う。
もしかしたら、学童オリジナルのTシャツではなくカンカン帽を被って浮かれた足取りで歩く私への苛つきや妬みもあったのかもしれない。
大人びてない、本当の大人の私はいろんな想像を膨らませて、あの時の泣いてる自分を慰めることができる、今は。

でも、あの時あの言葉に傷付いた幼い私の気持ちは、今も、いつまでも消えないことは確かだ。

あの日から、カンカン帽は、サイズの合わなかったガラスの靴のように、色をなくした。
今はもう、どこにあるかもわからない。