おーさむ、さむ。
ひび割れたガサガサの手で、キーボードをたたく。
はやく皮膚科でもらった、お薬を塗らなきゃ。
もうこんな時期か、それもそうだ。この地に来て、はや3カ月がたった。
季節は秋から冬に移り変わろうとしている。
毎年毎年飽きもせず、乾燥とそれに伴う皮膚トラブルと、末端冷え性に悩まされる私だが、それでもこの季節がうんと好きだ。
夏場は憎たらしげに傘でガードする日差しは、まるでとろけたバターのように心地がいいし、空気も美味しい。
冬のおしゃれも大好き。ふわふわのニットに、真っ赤なマフラー、ブーツ...
う~ん。
...ねえ、久しぶりだね、寒くない?
この日記も約2カ月ぶり。
話したい事、書き留めたいこと、忘れたくない気持ちはたくさんあったけど、毎日"暮らす"のに精いっぱいだった。頭の中の完璧主義な自分が、「今日もまた書けないの?」って、むっとした顔を時折のぞかせていたけど、見て見ぬふりをしておいた。
書けるけど、書けないくらい、がんばっていたんだよ。
楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、悔しいことも、
いろんなことをよくよく噛んで、自分の中で消化していた3カ月だった。
そのぜ~んぶが栄養になって、たしかに今の自分を形作っている。
やあ、おつかれ、私。
だから、ここに戻ってこない日が続いても、もうだいじょうぶ。
…とはいっても、全てを内緒にとどめておくには、私はいささかおしゃべりすぎるみたい。
ねえ、今お時間ありますか。
私からの、遅れてきた秋の便りだと思って、この手紙を読んでくれませんか。
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親愛なるみなさん、お元気ですか。
私もくまのナニーもとても元気です。
ひとりと一匹で、細々と暮らしてはいますが、けっこう楽しいです。
もうすっかりこの家も居心地よくなってきて、今はちゃっかりクリスマスムードに模様替え。
両親は毎回会うたび、私の居住環境と栄養面を心配し、(少しの"イジり"も入っているが)食材を買ってくれたり、電気あんかをはじめとする暖房器具をせっせと与えてくれる。本当に優しい。泣いてやろうか?
どうやら両親の中で私のイメージ図が、「極寒の部屋で腹を空かしている」というものからなかなか更新されないらしい。
(ほら、はやく、もっと立派になって親孝行しないと!心配かけさせないようにしなさい!)と25歳の私が厳しく諭すけど、
いくつになっても甘えたり、話を聞いてもらえて、大層うれしがっている、幸せそうな二人の"娘"の私を見たら、怒る気がなくなったりする。
その繰り返しで、今は、ゆるしてね。
大丈夫だよ、安心して。三食なんとか自炊してるし、たくさん食べているよ。
発酵あんこや豆乳マヨネーズ、オーバーナイトオーツ、既製品より体に優しくておいしいごはんも取り入れてるよ。
何より、前より自分にお金かけてあげられるようになったよ。すごいでしょ!
(パパママ、ここでひと安心)
しか~し!!ここで最近の悩みの種が。(パパママ、"またか.."と呆れる)
自転車との出会いでバスと決別し、平穏が訪れたと思ったら、次にターゲットとなったかわいそうな子が、こちら。
そう、I H 。
手入れと安全面ではピカイチだが、どうにも、生まれてからガス火に育てられた私とは折り合いが悪い。
IH用のフライパンや鍋を新しく買いなおす手間、熱伝導の違いに慣れずよく焦がすこと、洗い物の手間、IHの真下に保存してた粉末調味料が溶けた.......etc
積もった不満(というより全部自分の不足)によって、私は、
なんということでしょう、
意地の悪いお局になってしまったではありませんか。
「あれ~なんかお湯沸くの遅くなあい?気のせいかな?」
「寒いから湯たんぽ...あっ、そうか、IHちゃんにはできないんだったね、ごめんごめん!」
「やーだ!電気代また値上げした!?.....ああ、IHね~」
...と、バリエーション豊かな嫌みをわざと聞こえるように口に出すことで、負けじとがんばってもらおうとしている(?)
なんて、半分冗談だよ。最近はちゃんと仲よくしようと努めてるよ。
(でも、次の家は絶対ガスにしようとは思っているよ)
IHと仲良しの方、こっそりコツを教えてくださいネ...
そうそう、
仕事の方もなんとか軌道にのって、少し自信がついたみたい。
先日、職場の先輩に、「もう三か月です」と口にしたら「まだ、三か月?もっと長い間いるみたい」と笑ってもらえた。
そのくらい、私にとってもみなさんにとっても居心地がよくお仕事ができるようになってきた。
最初は、世代間(をはじめとする)の価値観の違いや、前と比べて良くも悪くも密接になった人間関係を煩わしく思っていたけれど、最近はうまく付き合える。
新人だけど戦力にしてもらえて、同時に末っ子としてたくさん可愛がってもらえるのもありがたい。
好きで勉強してきた英語を、仕事でつかえる環境も、より一層自己研鑽できることもこの上なくうれしい。
心から「転職に踏み出せてよかった」と思っている。
感謝しなければならない。もちろん、前の職場にも。
私に「完ぺきな職場なんて存在しない」と教えてくれた、憧れの方にも。
ついこの間、退職以来ようやく再会できたその方と、お互いの尽きない近況報告をしあった。
ランチだけじゃ時間が足りなくて、二次会はお茶会。
何度も通った放送ライブラリーの下にあるカフェ、ようやくいけた。
内装もコーヒーも、とっても美味しい。お気に入り。
こうやって、一生涯の友人に出会えるのが、仕事の憎めないところ。
またお会いするときに、良い報告ができるように、精いっぱい働こう。
ひとりで暮らしていると、こうした人とのふれあいやお出かけが、一つ一つとても貴重で、あたたかくてくすぐったい。
転職して休日も変わって、Aちゃんとも定期的に会えるようになった。
ついこないだも、二人でカラオケや温泉に行って、その夜初めて、この部屋にお泊りしてくれた。中学生みたいに日付が変わってもくだらないおしゃべりをした。
次の日は自転車で、皇居まで楽しくサイクリング。(といっても往復45キロ以上はあるのでちゃんと運動になった)
お酒を飲みかわすだけじゃなく、一緒に童心に帰ってはしゃいでくれる、そんな友達が、いつも大事で大好き。
最近では、自転車がほぼ唯一の移動手段であり、相棒になってきたが、
誰かとサイクリングすることの楽しさを、Aちゃんのおかげで思い出せた。
(通勤時の場合、前を漕ぐサラリーマンやJKをいかに追い抜かすか、風よけにするかしか頭になく、だいぶ殺伐としている。)
この間は、母もはじめてお泊りしてくれて、同じ様に都内までサイクリングをした。
何年も自転車に乗っていない母を、(しかも電動自転車は初体験)都会の道を走らせることに対する私の心配をよそに、少女のように軽やかに、楽しそうに漕ぐ母の姿に、思わず笑ってしまった。
田舎の学生時代に、通学で電動なんてない自転車をこぎ続けた母だもん、杞憂だったね。
自由が丘のおいし〜〜いイタリアンのコースを食べて、女同士、とまらないおしゃべりをした。
大人になるのも悪くない。
生意気に反抗して泣かせた母を、その倍、職場で鍛えられたトークで笑わすことができるんだから。
次の春に、帰ってくる姉も加えて、三人でお泊りしてサイクリングするのがいまの夢。
父には、車で追いかけてきてもらおう。そうしよう。
私のスマホには、大好きな人と並んで走れるように、いつでもシェアサイクリングのアプリがインストールしてある。
もちろん、まだまだ、
落ち込むこともあるけれど
例えば、
もはや無事に持ち帰ったことの方が少ないくらい「自転車での卵パック持ち帰りチャレンジ」で見事完敗したり、
なんだかWi-Fiの調子が悪くて、でも以前の対応がトラウマ+電話恐怖症(と言い訳づける)で対処を先延ばしにしたり、
無差別殺人や津波、なにかから逃げる悪夢に連日うなされて目が覚めたり、
ダイエットとかすべてどうでもよくなって、暴食してしまったり
職場で、とんだ時代錯誤の会話(誰かの容姿や体型への誹謗中傷)に嫌気がさして、耳をふさぎたくなってしまったり、
たまに、どうしようもなく不安で、さみしくて、孤独で、
「私なんかずっと一人だ」と、何も見えなくなる日もあるけれど、
でも私、
スーパーの駐輪場で無残にも割れた5/10の卵たちを、パックからこぼさないように持ち帰って、甘くておいしい卵焼きにできるし、(そもそも自転車で運ぶのはあきらめようと結論付けたり)
もうすぐはじまるテレワークのために、サービス利用者の当然の権利を駆使して、何が何でもWi-Fiをどうにかしようと意気込んでるし、
悪夢にうなされて早朝に目が覚めても、その分ゆっくりメイクして早めに出勤するし、
暴食しても、太っても、私の中身は変わらないから焦らずに、またできるだけ健康的に、着たい服が似合うようにがんばるだけだし、
誰かへの誹謗中傷がはじまったら、人のふり見て、また自分が一つ優しくなれてラッキーだし、
いつか言う勇気が出たら出たで、言えばいいし、
その人も、自分と同じ弱い人間だと気づけて、人間って哀れで愛しいな、と段々思えるようになったし、
自分が見えなくなっても、少し経てばまた、
自分がどんなにかけがえのない、唯一無二の面白みのある人か思い出せるし。
みなさんのおかげで。わたしのおかげで。
だから大丈夫。
なんだかんだ、わたし、
私、この町が好きです。
そして、
この町で暮らす、私のことも、好きです。
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書き終わった手紙は、どこかの誰かさんにしたためているようで、
気づいたら家族や友人の顔ばかり思い浮かべ、綴られていた。
日記も開けないまま、精いっぱい生きているわたしを、励ましてくれる人たちに。
それは、北の町の、どこかのベッドで、今はゆっくり休んでいる祖父にも。
有難いことに大学までだしてもらい、孫も大人になりました。そりゃあ、貴方もお年を召されるわけです。
今までは、FAXでつたない文字や絵ばっか送っていたけれど、こんなに長い文を、丁寧に、つづれるようになりました。
ラインすら見るのは大変だろうけど、このブログを、いつか見てほしいなあ。
なんて思うのは、これはただの、孫のわがままかな。
この間、久々に会えて、祖父の、父の故郷の地を踏んで、海を見て、実感した。
祖父が暮らす町が、父が生まれ育って、母と苦労して、私が可愛がられたあの町が、
やわらかい光のような思い出と共に、今も在るあの町が、だいすきだ。
ろくに顔も見せられない、よくできていない孫でも、そういうふうに思う。
また、会いに行くね。
この手紙を読むそこのあなたに、
どこかで似たように毎日精いっぱい暮らすあなたに、
いつもそばにいてくれるあなたに、愛をこめて。
やっぱり寒いね、
また便りをとどけるからね。