なつにつ記

過去と今を自由に飛びまわる私記/エッセイ。 レトロでファニーでちょっぴり不器用なくらし。 食いしん坊。 短編小説だと思って、お暇な時にぜひに。

50 days

 

湯たんぽをしまった。

 

去年は3月10日ごろにしまった。

母に教えてもらったように、空焚きして、晴れた日にベランダで乾かして、そっとクローゼットにしまった。

達成感に包まれながら、すでに気分は春模様で、暖かな日々を楽しもうとホクホクしていた。

 

 

直後、ぶり返した寒波に襲われた。

 

またすぐ暖かくなると信じて、カラカラの湯たんぽを再び出すことはしたくなかった。

 

が、無情にも凍えるような夜と朝が、しばらく続いた。

 

そこからは意地の張り合いだった。

 

その頃は一人暮らし始めたてで、電気代の相場がわからず、何を血迷ったか「とりあえずエアコンは使わないでおこう」という狂った選択をしていたので、

暖房もつけず、湯たんぽも沸かさず、入浴はシャワーのみ。(追い焚きがないという理由)

そして生粋の冷え性の私。

 

つまり、完敗だった。

 

 

あれから、1年と1ヶ月。

今度は、満を辞して湯たんぽをしまった。

3月半ば、汗ばむほど暖かい日があったときも、

「ふん、騙されないぞ」と湯たんぽにアップをさせ続け、いつでも臨戦体制でいさせた。

 

すごいなあ、人ってこうやって知恵をつけて歳をとっていくんだなあ。 

 

知恵をつけずに年だけ取らないようにしようっと。

 

そう、思った。

 

 

ーーーーーーー

 

 

50日ぶりの日記かあ。

いいよね、日記は必ずしも日々つけるものではないし。

 

それに、50日間、絶えず心の中で、なつにつ記は続いていた。

書きたいことも、表現したい気持ちも、私の中で溢れそうなほどあったから。

 

いいよね、書きたいときに書けば。

 

 

50日の間に、長かった冬が終わり、春が来た。

姉は日本に帰国し、またドイツに帰った。

「消えてしまいたい」と1人沈み、「生きるって楽しい」と誰かと笑った。

 

社会人2年目と、一人暮らし1年目が終わり、

 

社会人3年目と、一人暮らし2年目が始まった。

 

 

そうか、春が来たんだね。

 

定時に帰ると、まだ少し明るいもんね。

湯たんぽがいらないくらいだもんね。

 

今日の雨と風とで、桜はだいぶ散ってしまったけれど、それでも春は確かに、今年もきたんだって、

ひとり、じんわり嬉しい。

 

 

桜木町駅へと続く動く歩道からの景色も、ここ一週間が、1番美しくて。

 

水色の空に、ピンク色の満開の桜に。

キラキラ光る遊園地のメリーゴーランドと、帆船と、ビルの明かり。

 

 

いつもなら、ほぼ毎日通り過ぎるし、人混みは嫌いだし、さっさと帰りたいから横目に流していた。

 

でも、そうか。

 

(この景色も最後?)

 

 

50日の間に、始まって終わった私のあれこれ。

 

そして次は、

 

 

この街での最後の春が、始まって終わろうとしている。

なつにつ記

 

いろいろあって、文を書くことができなかった。いや、正直に言えば、書きたくなかった。

 

書きたくない理由は自分でわかっている。

配慮や忖度で、自分の中で表現が規制されつつあるのが心底イヤだからだ。

本音を言えない私の、自由な表現の場であり、秘密基地だから。

 

その上、書きたくないなら、それで済めばいいのに、そんな自分を「暇があるのに、何で書けないのよ」と責めている自分がいた。

余暇で始めたことでさえ、いつしか"義務"と”プレッシャー”になって、自分を責める材料になり得る。そういう自分の特性は痛いほど知っているが、痛いもんは痛い。

 

そもそも「なつにつ記」って、なんだっけ。

 

過去と今を自由に飛びまわる私記/エッセイ。 レトロでファニーでちょっぴり不器用なくらし。 食いしん坊。 短編小説だと思って、お暇な時にぜひに。

 

 

ああ、そうだ。

これは日記でもブログでも何でもない。

 

起きた出来事を辿って、すべて書かなくていい。写真があってもなくてもいい。

 

誰も見ていなくてもいいし、誰かに見てもらってもいい。

私の自己表現の場だから。

 

読み手を意識せずに、私が心地よくて、心から好きな表現を文章に綴りたい。

(なんだか、今年の抱負「好かれるより好きになる」に通ずるような、気が)

 

よかった。

 

初心に帰れてよかった。文を書くことは私の趣味で、幸せだもん。

これからも”気分の浮き沈み”は付き物だろうけど、またマイペースに、書きたいときにここに戻ってこれそうだ。

 

 

下書きに溜まっていた、「義務」や「プレッシャー」をゴミ箱に入れたら、

外はどんより雨模様だけど、気分は晴れやかになった。

MBTIより大切なこと

 

ねえ、みて。

夢だったんだ。アンパンマンポテトを山盛り食べるの。

 

母がお弁当に、いれてくれたのがきっかけかな。ねだって、食卓にも出してもらった。一時期は、「好きな食べ物は?」って聞かれたら一番にこたえるくらい好きだった。

フライパンで焦げたのを見て、「日サロパンマンだ!」とケラケラ笑ったのもいい思い出。

 

大人になって、自分で稼いだお金で、あの頃好きだったものを好きなだけ食べるなんて、なんか夢みたいだね。

 

お弁当の思い出は、今度ゆっくり話したいくらい、たくさんある。

急に弁当の話をしたくなったのも、この本を読んだからかもしれない。

あした、弁当を作る。

中学生男子が弁当を作る、そんな単純な話じゃなかった。過干渉(作中では"支配"と表現されている)の親からの独立の第一歩の話だった。

主人公のちょっと達観しすぎた思考に、物語としてはのめり込めなかったが、なかなか興味深かった。

 

というのも、知り合いの男性(特に一人息子の方)で「母親が過干渉だ」と嘆く方が多いからだ。成人しても、心配という名の口出しをしてくるらしい。

息子を「小さな恋人」と例えるように、自然の摂理というか、そうなってしまうものなんだろうか。でも、子供を1人の人間として尊重するならば、グッと自分のエゴを堪えるべきかも。

 

このところ、改めて家庭環境について学ぶ機会が多くあった。夢のためにも、自分のためにも。つまりは、幼い頃から変わらず「家庭を持つ」という夢があるから学びたい+今の自分が出来上がった基盤の部分を振り返って自己理解を深めたいということ。

 

先日も図書館で、以下の2冊を借りた。

佐々木正美先生を、ご存じの方は多いだろう。

大学の時に「子どもへのまなざし」という本を通して出会ってから、私は勝手に師の様にあがめている。

世の中に育児書というのが数えきれないほどあるように、育児というのは家庭ごとに違うし、もちろん違ってよい。

ただ、乳幼児期にどんな育児をされたかが、その子の人格形成に大きな影響を与えるのは確かだと思う。 佐々木先生が「土台づくり」と表すように。

 

今流行りのMBTI診断よりも、さらに深く、自分のパーソナリティの部分を知ることになるだろう。

 

最近見ているYouTuberで、フランス在住のあやさんという素敵な方がいる。私と同い年。

youtube.com

ある動画で、恋愛について話されていて、愛着スタイルにも3つのタイプがあることを知った。

続きを読む

おかえり、日常

 

わたしの、いつもの、素朴で何気ない日常がかえってきた。

温かい拍手で、迎えてあげよう。

 

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先日、仲良しの同期と「全プリキュア展」を見に行くことに。

全プリキュア展 ~20th Anniversary Memories~(横浜)|イベントのチケット ローチケ[ローソンチケット]

2004年から始まったプリキュア。24歳の私にとってはまさに「ど世代」だ。

とはいえ、「プリキュア5」あたりで卒業してしまったので、今もプリキュアを見ている彼女に誘われなければ行く機会に恵まれなかった。どきどきわくわく。

ちなみに、「ふたりはプリキュア」のなぎさとほのかのように、趣味も見た目も違う私たちだが、"仕事"という共通の敵と戦うことで、DANZEN!ふたりは相棒になったのである。(お互いピンチを乗り越えるたび 強く近くなるね☆)

 

展示に向かう前に、腹ごしらえ。

ずっと食べてみたかった「SHAKE SHACK」のハンバーガーを頂く。

初めてなので、オーソドックスな「Shack Burger」なるものを頼んでみた。サイドに同僚一押しのポテト、もとい、「Fries」も。

バーガーもポテトもSサイズだが、お会計は千円を優に超える。こういったお高いハンバーガーを食べるのは、わが地元横須賀の「ネイビーバーガー」以来かな。

気になるお味は、一言でいうと「ジューシー」だった。

肉肉しいパティはもちろん、指の跡がつくほど柔らかいバンズはバターが染み出すかのようなジューシーさ。「飲めるバーガー」って感じ。

クリンクルカットポテトも、さくさくでおいしかった。

ただ、値段の割に小ぶりなので、「大口でバーガーにかぶりつきたい欲」が変に刺激されてしまった。今度、久しぶりにチープでジャンクなバーガーでも食べよう。

 

いよいよ「全プリキュア展」へ。

わあ...一気によみがえってくるよ、幼いころの記憶が....

日曜の朝、パジャマのまま、プリキュアポケモンサンデーを見ていたこと...

キュアホワイト派だったけど、マックスハートシャイニールミナスに心奪われたこと…

こういうおもちゃやグッズを、誕生日やクリスマスに必死にねだったこと...

「どうせ使わなくなるよ」という母の反対を振り切って、プリキュアの水筒を手に入れたこと...

案の定すぐに使わなくったこと....

プリキュアがすべて思い出させてくれた。

ありがとう、全プリキュア

 

「男の子プリキュア」や「大人プリキュア」など、近年多様性を見せるプリキュア。ついに次回は動物がプリキュアになるらしいじゃない。

www.toei-anim.co.jp

私も、頼れる同期と、プリキュア気分でお仕事頑張ろう。

たまにはプリキュアとかおジャ魔女どれみを、見返してみようかな。(といいつつ、全く世代ではない「幽☆遊☆白書」を見る私)

 

 

話は変わるが、相も変わらず、業務スーパーLOVEである。

つい最近も、「畑のお肉の魯肉飯醤(ルーローハンジャン)」という商品をお試し。

おいしいんだな、これが。大豆ミートとは思えないし。ごはんのおともにも、生春巻きの具材にも使える。

 

大好物のサバの味噌煮を、2種類買って食べ比べしてみた。

ニッスイさんのは、脂ののったノルウェー産のサバで、とろけるなめらかさ。甘め。

業務スーパーにある『さば味噌煮』は王道&濃厚な味付けで丼めしアレンジもおすすめしたい - ライブドアニュース

東洋冷蔵さんのは、2切ずつパックに入っていて、お弁当に使いやすい。しょっぱさもちょうどいい。

動物性たんぱく質を、鶏むね肉だけで補っていては味気ないので、これからも業スーの様々な商品をトライしてみようと思う。

 

そして、ついに、

2月のバケーションのプランが決定した。

なんと行先は、北陸ではなく九州。福岡と、母の実家・宮崎となった。

とともに、初・一人旅ではなく初・母娘旅となった。

 

きっかけは、年末年始に帰省した際、父と早朝に散歩していた時のこと。(父は健康のため、数カ月前から日課にしている。なんて努力家!)

3年ほど前に地元から就航し始めた「東京九州フェリー」の話をしていると、思いもよらず父が「二人で帰省がてら行ってくれば?」と提案してくれたのだ。

tqf.co.jp

「その手があったか!」と勢いで母に提案してみると、意外に母も真剣に検討してくれて、あれやこれやという間に実現へと向かいだしたのである。

 

おもえば、諸事情で飛行機に乗るのが難しい母は、4年ほど前に父と車で帰省したきり。私にとっても、祖父母や親せきに会えるのは、これ以上ない”旅の目的”だ。

もちろん、一人旅へのあこがれはあったが、結局は生粋のおしゃべりなので、誰かと楽しさを共有できる旅のほうが嬉しいに決まっている。普段が1人なので、ぶっちゃけ旅行くらい誰かといたい。それに、家族兼親友の母と一緒なら、お互いに気を遣わず、無理せず、のびのびと満喫できそうだ。

 

それもこれも、理解のある父のおかげである。ありがとう。つかぬ間の一人暮らしを満喫してね。

 

フェリーやホテルの予約なども無事に済み、一安心。あとは体調を万全に整えて、ワクワクドキドキするばかりである。

 

福岡に行くのは初めてなので、図書館で少し予習してみた。

フェリーが到着する門司港もいろいろと見ごたえがありそうだ。

博多グルメはどれも気になるが、梅が枝餅はぜひとも食べてみたい。

 

出来たら日記に旅行記を残したいところだ。まあ、出来たらで。

 

図書館といえば、そうそう!「横浜まち歩きガイドツアー」に参加した際に、仲良くなったおじいちゃまから教えてもらった、穴場ランチスペース、ようやく行ってみたの!

natsunitsuki.hatenadiary.jp

そう、この場所。穴場だからここだけのないしょ。

さっそく、野菜スープと混ぜご飯のお弁当を頂く。寒い冬は、スープジャーが大活躍よね。

デザートに、ローソンの「塩豆大福仕立てのもち食感ロール」を買ってみた。

最近好きなYouTuber、うさもぐさんが確か紹介されていて、「絶対私が好きなやつ!」と目をつけていたのだ。

www.youtube.com

予想通り、甘塩っぱくて、もちもちで、お豆の食感が良くて、最高だった。

 

図書館のあとは、ご無沙汰していた放送ライブラリーも訪れた。

久しぶりに観たもの記録を残そう。

 

宮城まり子と「ねむの木学園」密着15年の記録

2015.12.06  BS朝日

「ねむの木学園」という名前は聞き覚えがあったが、まさかこんなドラマチックなストーリーが隠されていたなんて。

吉行淳之介さんの本を読んでみたくなったし、子どもたちの作品が本当に素敵だったから、美術館をぜひ訪れてみたいなあ。

 

NNNドキュメント '03 チンチン電車と女学生 2003・夏・ヒロシマ

2003.09.01 広島テレビ

家政女学校の生徒たちが、戦時中に広電を運転していたんだね。

原爆の恐ろしい記憶とともに、自分たちの青春時代があるというのは、どんな気持ちだろう。忘れちゃいけないね。

 

HTBノンフィクション「おはよう。いただきます。さようなら。」~弁華別小最後の一年~

2016.04.02 北海道テレビ

木造校舎の趣もあいまって、一本の映画を見たような満足感だった。こうして、少子化でやむなく廃校するような学校には、その分ある種の尊さがある。学年かかわらず、みんなが幼馴染で、個性を理解しあって、地域の方に見守られることの、いかに尊いことか。

 

・SBCスペシャル 長谷の給食~小さな山の学校!畑の一年~

2019.12.18 信越放送

給食に、食育に力を入れている学校は、強いぞ!(私調べ)

地産地消」は決して簡単じゃなく、理想と現実に悩まされただろうに、

生徒の為、ひいては地元の為と積み上げてきた先生方と地域の方々の素晴らしさよ。

主婦の皆様、給食甲子園の献立やレシピ、要チェックですぜ。

kyusyoku-kosien.net

 

余談だが、現在、放送ライブラリーでは「史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ」の特別展示を行っている。母に「ぜひ写真撮ってきて」といわれたのを思い出し見てみることに。

すると偶然にも、この写真を撮った直後に、職場の先輩がその場に居合わせている事に気づく…!!慌てて回れ右をして、逃げるようにその場から去る私。

学生のころから、「休日に知り合いと遭遇する」というハプニングがどうも苦手なんだよなあ...。(猫かぶりで、オンオフの切り替えが極端すぎるせいか?)

でも、後になって、あまりの奇遇さと、自分の慌て具合に思わず笑ったのもいい思い出。

 

 

ああ、日常が戻ってきたなあ。

おかえり、

いや、ちがうな。

 

日常はいつも、変わらずにそこにいてくれたんだ。

 

帰ってきたのは、私だ。温かく迎えられているのも、私だ。

 

そうだ。

 

ただいま、日常。

かお かお どんなかお

うーん、最近の日記、変に背伸びしすぎたかな。

 

自己満の備忘録でも、有難いことに読んでくださる方がいる以上、

自分なりに、文の校正に励んでいるつもり。でも、

 

書き出すと、どうしても堅っ苦しい文になってしまうし.

長くて読みにくくないかしら…なんて、心配事は尽きない。

 

世間から見れば私も“ぴちぴちぎゃる”というやつなんだから、

もう少しフランクというかカジュアルというか...

可愛げがあったほうが、いいのかな。

 

可愛げ...可愛げ...

 

・・・

 

みなさんこんにちわ~(*´ω`*)

すっかり寒くなってきましたねっ。。。

 

毎朝、お布団から出たくなくて、

お寝坊さん気味な私です(笑)

 

こらっ( `ー´)ノ

 

さてさて、今日は、

私のモーニングルーティーンを

紹介しちゃいたいと思います♡( *´艸`)

 

いぇーい ぱちぱち☆彡

 

 

ぱちぱち......

 

ぱち...

 

 

...いや、やっぱり無理だ。違和感でお腹が痛くなってきた。

小中学生のころ読み漁ったアメーバブログを参考にするもんじゃない。

 

うん、私の日記なんだから、私らしくいこう。

堅苦しい文章も、根がド真面目な私らしいな。

そもそも、ありのままの自己表現を、と始めた日記なんだから。

 

でも、今日はせっかくだから、少しフランクに、カジュアルに。

くだらない自分語りでもしよう、そうしよう。

 

ーーーーーーーーー

 

 

"どんな人がタイプ?"

 

この問いに対する、自分の正解が分からない。

なので、毎回違う答えがランダムに、ガシャポンのように口から飛び出す。

 

「見た目より中身」なんて常套句、たとえ本心でもつまらない答えだと思われるかな。

かといって、あれこれ細かい理想を語れば、身分不相応だと笑われるかもな。

そもそもタイプってなんだ?英語でもShe's my type.っていうけれど。

あーだこーだ、ほにゃほにゃ。

 

…と、あれこれ複雑に考えすぎるのが、いつもの私。

そこでだ、今日は「好きな異性のタイプ」ではなく、

人の顔、造形だけに着目してみるのはどうか。

性別も、国籍も、年齢も、職業も関係ない、My typeの顔!

 

題して、~この顔が好き!アワード2024 presented by私 ~

 

何の権限があって、偉そうに。というド真面目な根っこの部分は

一旦引き抜いておいて、っと。

 

ーーーーーーーー

 

さあ、”この顔が好き!アワード2024 presented by 私 ”、

いよいよ部門別の授賞式が始まります。

 

まずは、「その姿、まるで美術品。見飽きることのない美しさ 部門」から。

栄えある受賞者は、こちらの方々です!

Timothée Chalamet

Finn Wolfhard

牧瀬 里穂

 

「美の基準」というのは人それぞれだが、私が「う、美しい...!」とうっとり見つめてしまうのはこんな方々。彫が深く、眉と目の距離が近く、眉毛やまつげがしっかりあって、無造作なパーマヘアが似合う方々。欲を言えばえくぼなんかあれば最高だ。

誤解を恐れずに言えば、「ヴィラン顔」「カエル顔」と表現されるお顔立ちに惹かれる。ティム・バートン作品に登場しそうな方々ともいう。「シザーハンズ」のジョニーデップや、歌手のMIKAなんかも、まさにそうだ。

ちょっとニヒルでミステリアスで、独特の雰囲気や色気のある方に弱い。

柳楽優弥さん、村上虹郎さんが好きなのもうなづける。

 

小学生のころ、天てれを見て一番「かっこいい!」と思ったのも千葉一磨くんだった。

千葉一磨

 

さあ、続いては、ガラッと趣向を変えて、

「とにかく可愛い!kawaii!愛くるしさ&愛嬌抜群 部門」にまいりましょう。

こちらの方々です!

SEVENTEEN ホシ

Kep1er チェ・ユジン

姉(幼少期)

一目でおわかりだろう、この可愛さ。愛くるしさ。

私の中で彼らはもう、「とっとこハム太郎」も同然なのだ(?)

お耳が大きく見えるほどお顔がちいちゃいのに、ほっぺはぷくっと、頬袋のようなかわいらしさで、釣り目がちなおめめが、笑うと10時10分になるなんて....

もう、とにかく「かわいい!愛でたい!!」という感情でいっぱいになる。

 

Stray Kids のハン・ジソンくんなんかもそうだ。

youtu.be

かわいい...リスだ...げっ歯類だ...

韓国の方が多いのは、アジア人特有のお顔立ちだからだろう。

ちなみに私の姉もよく韓国人に間違えられるらしい。姉の幼少期の可愛さは、妹ながら尊敬に値する。

 

 

さあ、お次は"私がなりたい顔"に着目してみました、男女二つの部門を続けて発表します。

まずは、「男の中の漢!不動の憧れ!カッコイイとはこういうことさ 部門」です!

反町隆史 竹野内豊

豊川悦司

長瀬智也

いや~正直、自分が男性だったら間違いなく"なりたい顔"っすね...

日に焼けて、笑顔が素敵で、ロン毛が似合って、アメカジをさらっと着こなし...

湘南エリアに住んで...鵠沼でサーフィン&スケボーして...センスの良いヒップホップやシティポップをディグって...女性にはキャーキャー言われて、男性にはブイブイ言わせたいっすよね...

若いころの写真選んではいるけど、こういう方々は、年齢を重ねるほどに魅力が増して、渋かっこいいおじさまになるから危険...

 

続けて、「永遠のマドンナ!!素朴でいなせな美しさ 部門」

斉藤由貴

高井麻巳子

お顔立ち、スタイル、雰囲気すべて含め、わたしにとってのロールモデルがこちらの方々である。「女性らしい、柔和なヘルシー美人」が合言葉。グラマラスで艶やかなのに、いやらしさがない色気がある、まさに"いなせ"な女。

タイタニックの時のケイト・ウィンスレット、TWICEのジヒョちゃんもあこがれ。

 

…まあ、なんていうか、「日本人男性、特におじさまの理想の女性」といえるだろう。清楚で高根の花だけど、どこか隙があって、いつも笑顔で、天真爛漫で。母性や包容力があって家庭的な感じ。めぞん一刻音無響子さんも、そうだもんね。

 

…私って、実はおぢさんだったのかナ!?((^_^;)

 

気を取り直して続いては、「現実にいたらいいのにナ… 決して届かぬ彼 部門」にうつりましょう。

栄えある受賞者は...

こっちむいて!みい子 江口竜平

海がきこえる 杜埼拓

MASTERキートン 平賀・キートン・太一

顔といいつつ、このお三方は中身までイケメンなんだよね。

男らしくて、まっすぐで、でもちょっと不器用で....

ブラックジャック水戸洋平も小学生のころにとっくに恋に落ちている。

 

 

ここまでお付き合いいただいたアワードも、いよいよ最後の部門となりました。

満を持して、「恥ずかしいから最後にこっそり...現実で私が恋に落ちる顔 部門」を発表いたしましょう。

栄えある受賞者は…

堺雅人

ジャルジャル 後藤淳平

とにかく優しそうで、クシャっとした笑顔の方にとことん弱い。

泣くように笑う人って素敵よね。

お顔ににじみ出る人柄の良さと、安心感や包容力に惹かれてしまう。

 

まてよ、ということは、結局人柄というか、中身がタイプなのか?

んん?

 

ん~....

 

 

ーーーーーーーーー

 

お送りしてまいりました、”この顔が好き!アワード2024 presented by 私 ”、いかがだったでしょうか。

 

結局は見た目より中身だとは思うので、あくまでお顔の造形の好みに過ぎない。

が、今度から「どんな人がタイプ?」という問いに対して、

「えーっとね!見た目だけでいうと、こういう感じ!」とこの日記を見せている間に、本質のアンサーをじっくり考えればよいので、幾分か気楽になった。

 

 

いつか、中身のタイプの方も書き起こせられれば、いいな。

 

みなさんは、どんなおかおがタイプですか。

かお かお どんなかお

次の一手を探して

 

波乱の2024年の幕開けである。

 

私はといえば、五体満足かつ平穏無事に、

愛する家族と、穏やかに新年を迎えることができた。

 

実家で思う存分くつろいで、普段は口数の少ない父とたくさんおしゃべりできて、

母の美味しい手料理もお腹いっぱい食べられて。

Aちゃんとも久しぶりに地元で会えて、たくさん元気をもらった。

 

恵まれた、幸せな環境にいる、はず。

間違いなく。

 

…にもかかわらず、なぜ今これほどに「行き詰っている」感覚に悩まされているのか。

何か現状を打破しないと何も変わらない、堂々巡りの迷路にいるような、焦燥感。

 

一体全体なんなんだ、これは!

 

助けを求めるべく、今こうして、日記に「現状の自分」を整理しに来た次第である。

新年一発目の日記がまさかこうなるとは、不本意である。遺憾である。

「好かれるより、好きになる」という抱負に集中したかったのに。

 

でも、紛れもなくこれが今の私だ。

 

あれかな、約9日間も、実家というぬるま湯に長くつかりすぎてしまったからかな?

一人で、外気温とほぼ同じ寒さの1Kでsurviveしていた感覚が取り戻せないのかな?

 

いや、確かに実家は居心地がよく、私にとっては三ツ星ホテルくらいの贅沢さだった。

しかし同時に、家族であろうと、人の機嫌やペースに影響され、気を遣うのも確かで。

自由に、自分だけのペースで暮らせることは、同等かそれ以上に贅沢だと改めて実感した。実家での幸せな思い出と、正月太りを見事に体現したマイボディをおみやげに、また、素朴で心地よい暮らしに戻れたのはむしろ悪くない。

 

てことは、やっぱり、仕事かな?

昨年末から無性に「転職したい欲」に駆られていた私だが、年が明けたことで、なおさら心機一転やり直したい気分に駆られている。

休暇前は「もう少しで休みだから」と耐えられていた心労や責任が、休み明けの怠け切った体にはハードなんだろう。

 

それから、仕事だけじゃない。交友関係もそうだ。

「近所に友人や居場所ができたら」と、先月は毎週立ち飲みバーに通っていたが、年が明けて急におっくうになってしまった。

 

理由は以下だと自分ではよくわかっている。

・案外自分がお酒に強いことは分かったが、別に好きではないこと。(基本水しか飲まない)

・たばこのにおいが苦手なこと。(衣服に匂いがつくのも嫌)

・気の合う常連さんと必ず会えるとは限らないこと。(日によって肩身が狭い)

 

「常連にならなきゃ」とか「お酒好きだと思われなきゃ」とか、勝手に背伸びして無理したのもよくなかったんだろう。

とにかく今は、「また行きたいな」と自然に感じる時を待とうと思う。

ただ、全く後悔はしていない。今は、いろんな場所に飛び込んで経験を積む時期だと思っているから。これまで殻に閉じこもってきた自分は、少しずつでも成長している。

 

しかし、休日の楽しみが減ったのも事実。また一から、交友関係を広げる作業を始めなければいけないようで、気が重い。

でも、何か行動しなきゃ、この「行き詰り」から抜け出せないようで。

しまいには一人でいることに慣れすぎてしまいそうで、それはそれで怖いし..

 

考えれば考えるほど、迷路は複雑化していく。

 

こんなときは現実逃避をするに限る。

Netflixで「ブラッシュアップライフ」を見終えたのがつい最近のことで、今度は「VIVANT」を流行に遅れて見始めた。

世間の評価通り面白いし、大好きな堺雅人さんを堪能していたら、あっという間の10話だった。ハラハラドキドキ、どんでん返しの連続で。

 

次は何を見ようかな。

そろそろ本も読みたいな。

小学生の私が、ズル休みして図書館に向かったように、大人の自分にも現実逃避は不可欠だ。

 

ーーーーーーーーーー

 

自分について新たに分析できたことがある。

それは、「"今"にフォーカスするのが苦手」であり、「過去の失敗や未来の心配事ばかりにとらわれてしまう」ということ。

 

「今が楽しけりゃそれでよくない?」と口にする人たちを、10代の頃から嫌っていたのは、自分がそうなれない、そんな嫉妬心の裏返しらしい。

 

裏を返せば、「先々を見越して行動できる計画派」となる。父もそうだが、何事も先手を打って、計画を立てるのは確かに得意だ。無意識に、先々のことを考える癖がある。

 

しかし、計画を立て続けるということは、

絶え間なく自分に緊張、プレッシャーをかけている状態が続くということでもある。

今、本当に自分が「したいこと」や「ほしいもの」を無視し、「こうしなければ」「こうするべき」ばかりに縛られてしまう。

 

どうしようもないほどの、この不安や焦燥感は、"今"の自分に対してではなく、未来へのものがほとんどだ。残りは、過去の自分への後悔や反省。

 

さらにいえば、それは自分の努力で変えられないことがほとんどで、他の人の気持ちや行動を勝手に想像して、勝手に不安になっていることがほとんど。

 

そうか。

これが、「行き詰まり感」の正体だったんだ。

 

...ああ、こうしてまた自分を一つ理解する度に、不甲斐なく思うし、なんとかしてそんな自分から抜け出したい気持ちに駆られる。

 

本当は今を楽しみたい。一度しかない今を。

 

でも、私よ、大丈夫。

こんな時こそ、「好かれるより好きになる」だ。そんな完璧じゃない自分を、好きになってあげよう。他人の気持ちを推し量らず、自分の気持ちを優先してあげよう。

 

最初からうまく行かないだろうけど、何度も失敗して、少しずつ癖をつけていこう。

 

 

現状を打破する、次の一手は、どこにあるんだろうと、ずっと探していた。

 

でも、見つからなくてもいい。

現状の自分を、好きになってあげよう。

 

そこから初めよう。

 

そうだ、私の2024年は、まだ始まったばかりだ。

好かれるより、好きになる

 

間もなく2023年が終わりを迎える、そんな中、私の2024年の抱負は、すでに決まっていた。

 

好かれるより、好きになる。

 

この言葉を、お守りのように胸に抱える1年にしたい。

 

ーーーーーーーーーー

 

今年は、自分自身について考える機会が多くあった。

自分の特性や思考の癖、好き嫌い、などなど。

一人暮らしを始めて、自ずと向き合う時間が増えたからだろう。

 

考えるだけでなく、自分自身を理解し、受容してあげられた。

自分に自信がない私も、傷つきやすい繊細な私も、ストイックで完ぺき主義な私も。

意外と度胸がある私も、気配り上手で思いやりがある私も、真面目で努力家な私も。

 

わるいところも、いいところも。どんな私も。

 

自分の気持ちを無視せずに、なるべく対話をしてきた。

「そうか、昔のこんな経験が私をこうさせているんだね。」「いつの間にこんなことができるようになったんだね、えらい!」「ちょっと待って、また同じこと繰り返すはめになっちゃうよ」といった具合に。

 

さらに、そんな自分のことを言語化して、少しずつ人に伝えられるようになってきた。セルフエクスプレッションを苦手とする私にとって大きな成長だ。

自信がないので、会話で自分のターンが来るのが心底プレッシャーだったり、変なプライドもあって「人に弱さを見せてはいけない」と思ってきた私にとっては。

 

現にこうして、日記を通して自分を表現できている。

ゆっくり文字に書き起こすと、気持ちの整理がついて心地よいのもある。

 

また、自分が見えると、相手のこともよく見えるようになる。

本をたくさん読むと、世界が広がるのと同じように。

その人の考えをよく傾聴して、内側をじっと観察できるようになる。

「そう考えているんだね」「こんなことがあったから今こうしているんだね」「どうしてそう思ったの?」と、共感して受け入れていく。

「苦手だ」と決めつけずに、いろんな考えや刺激を自分に吸収させていくのだ。

 

そんな日々の積み重ねを経て、今、自分の中に確固たる目標が出来上がった。

それが、「好かれるより、好きになりたい」だ。

 

 

「好かれるより、」という言葉は、これまでの私を変えたいという現れであり、自戒。

 

私はこれまで、(覚えている範囲では小学生のころから)常に、「人に好かれたい、人の求める完ぺきな自分でいたい」という絶対的な考えに縛られつづけている。この考えが、私の根本に、居座り続けられている感覚がある。

人は、「自分にされたいことを相手にする」というが、まさにその通りで、私は常に人からプラスの感情を向けられていたい。優しくされたいし、好かれたい。

マイナスな感情が一時でさえも耐えられない。

 

もちろん、人から好かれることは、いいことだ。実際、いろんな面で得してきた覚えがある。ただ一つ厄介なのは、私は自分を犠牲にしてでも、人に好かれようとしてしまっているということ。相手の気持ちを優先させ、本心に逆らって嘘をついたり、過剰に気を使ったり。

その結果、好かれはしても、そこから一歩踏み出したり、信頼関係をつくることがなかなかできなかった。

 

なんでそこまでして好かれたいのだろう。

自分に自信がないから、みんなに好かれたい?

繊細で傷つきたくないから、嫌われたくない?

 

恐らく、以上の二つの要因から構成されてきたのだとは思う。

 

そもそもなんで自分に自信がないのか、繊細なのかを詮索し始めると、過去のことを掘り返すことになるから、この場ではしたくない。

少なくとも、「親に過剰に気を使い、笑わせようと必死だった子どもは、成長してから心に問題を抱えているケースが多い」というのを何かの動画で見て、図星をつかれたような気分になったことは確かだ。

アダルトチルドレンとか、HSPとか、そういった言葉で表現するのも簡単だけど、今はしたくない。大人になった今、誰だって、両親だって完璧じゃないと知っているし、私は過去も含めて今の自分があると思いたいし、何より今の自分を好きになってあげたいから。

 

今の自分は自分で変えられる。

私はもう、誰かに好かれることで自分の価値をはかりたくない。

 

 

「好きになる」という言葉には、二つの意味が込められている。

 

一つ、自分のことをもっと好きになること。

ようやく自分のことを好きになり始めたが、まだまだ、大切にできていないところがある。外見だけでなく、内側からみなぎる自信を身に着けたい。

私が私のことを一番好きでいて、可愛がってあげたい。

他人軸で考えた「好かれる私」ではなく「私の好きな私」でいたい。

レッツ・セルフラブ!それが2024年の私のテーマだ。

 

二つ、誰かのことを好きになること。

男性でも、女性でも、友情でも、恋愛でも。

相手がどんな人だっていいから、自分の「好き」を大切にしていきたい。

1人は心地いいけれど、「会いたい」と思う人と巡り合えたら、どんなに幸せなことだろうと思うから。

 

ただし、一つ目のセルフラブがきちんとできていないと、自信が持てていないと、危ない。これまでのように相手に尽くして、相手の気持ちばかり優先させてしまう。依存せずに自分を持つことがカギ!

「自分が好きだし、その人といるときの自分がもっと好き」と思える人を、きっと好きになれますように。

 

好かれるより、好きになる。

来年は、私の好きな人たちに好かれるような、

自信に満ち溢れた素敵な、優しくて強くて美しい女性になる。

そう決めたったら決めた。

 

 

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まもなく、2024年になろうとしている。

だからどうした。年が終わって始まるだけだ。

 

でも確かに、私の中で何かが終わって、何かが始まろうとしているんだ。

そんな気がするんだ。