"あの伝説の大阪の夜が蘇る!!??"
私の習慣の一つ、「山下達郎のオフィシャルウェブサイトのチェック」に勤しんでいたある日、新着情報が目に入った。
DJイベント、とな。
タワレコ渋谷で、ふーむ。
3000円ね、ほうほう。
...18時開場。なるほどね。
んー....行きたい、けど、行けないな。
この時そう結論づけたのには、時間と場所が関わっていた。
私の定時は18時なので、開場どころか開演にも間に合わない。それに、決して近くはない渋谷まで事前にチケットを買いに行く必要がある。
(ちなみに、1人で行くと言うことに関しては端から気にしていない。)
残念だが、今回は見送ろうと諦めモードに。
ところが数日後、ウェブサイトに追加情報が足された。
「タワーレコードのオンラインサイトで、チケットの事前予約を受付中」...!?
つまり、チケットは確実に手に入るわけで...
その上、タワレコサイトに出されたイベント詳細に、トドメの謳い文句が。
70年代後半「BOMBER」が大阪のディスコで大ヒットしたことは、達郎ファンならみんな知っている。それがブレイクのきっかけとなったことも。
あの伝説の夜を、擬似体験できる...??
EDMが流れるクラブではなく、達郎さんの曲が流れるディスコに行ける...??
行きたい!!いや、行く!!
指が勝手に動いていて、気づいたら受付完了メールが手元に届いていた。
だって、そりゃあ、行けるもんなら行きたい!ご本人が来なくたって、山下達郎の音楽に全身で浸れる、またとないイベントなのだ。
(よし、そうと決まれば次は..!!)
残された「時間問題」をどうにかするため、「始業/終業時間の変更願いメール」をすぐさま上司に送る。
理由を説明する上で、多少は嘘のスパイスを振りかけたが、まあご愛嬌、ということで。
すんなりとご了承頂き、一安心。
これで、開場と同時に入れるぞ!
そうして時は過ぎ、待ちに待ったFRIDAY。
この日はなんと5時起き。
ただでさえ出社時間を早めた上に、気合いを入れてメイクやヘアセットをするので致し方ない。
1番時間がかかる服装選びは事前に済ませておいた。(たまたま数日前、母がお泊まりに来ていたので、参考意見を元に決めた。ありがたい。)
フロントリボンがついたボレロにタイトスカート。行き帰りの防寒には、厚手のコート。会場内にコインロッカーとか、預けられるところあるかなあ。
ディスコらしく、バブリーなセットアップを着ることも考えたが、張り切りすぎないよう控えめに。でも、髪も巻いたし、おろしたてのカラコンもつけたし。うん、おめかしはバッチリ。
カバンは、250mlの水筒がギリギリ入る、小さめのショルダーポーチ。これは経験から学んだもの。
ちょうど去年のこの時期、「昭和歌謡ナイト」でDJイベント初体験を果たし、(今回は記念すべき2回目)、カバンは小さければ小さいほど良いと分かったのだ。
最後に、とっておきのパンプス(じつは片足のヒールが欠けているのでツカツカ音がうるさい)を履いて、思う存分踊れるよう透明のシューズバンドを仕込んで。
よし、行ってきまあす!
誰よりも早く出勤。夜が待ち遠しくて、一日中仕事が手につかなかった。
ー 17時。誰よりも早く退勤。
夕食となる味噌おにぎりを食べながら(会場ではアルコールの販売しかないため)早足で駅に向かい、目標の電車に無事乗ることができた。
17:51 渋谷駅に到着。
ダンジョンのような構内で迷っている時間は、今日の私には1秒たりともないので、事前に見つけたご丁寧なサイトを、ありがたく活用させていただく。
「千と千尋の神隠し」で、ハクが千尋のおでこに手を当てて、釜爺がいるボイラー室への行き先を教えるが如く、私の脳内で誰かが常に語りかけてくれているようで、安心した。
道案内に全集中していたので、ふと周りを見渡すと、自分が今、夜の渋谷にいる実感が湧いてくる。人が絶えず蠢めいて、人工的な眩い光と、やむことのない喧騒に包まれている。
此処は、やっぱり私とは対極の世界みたい。
学生時代は好奇心から、友人と遊びに来たものだけど、今はこうした機会がないと来ない場所となった。
サイトの通り、約7分でタワレコに到着。
向かうは地下一階のスタジオだが、入り口入ってすぐ左に、それらしき人々の列を発見。
ネックストラップ付のパスをすでに首から下げた方々が、地下へと続く階段に沿って並び、開場を待っているご様子。
心配性の私は、(この列は事前に購入した人のみってことかな、予約のチケット受け取り列はどこだろう??)と、1人オロオロ。
ひとまず列に並びつつ、優しそうなおじさまに勇気を出して尋ねることに。
「あの、すみません。それ(チケットを指差して)ってどこで受け取りましたか?」
「ああ、俺は前に上(の階)で買ったからさ。当日分もあるんじゃないの?」
やっぱり、事前に買った人か。
「わかりました、ありがとうございます。」
ちょうどその時、列が動き出し、スタッフの方から「ご予約の方は左側の列へどうぞー!」と誘導があったので、ホッとして左側の列に並び直す。
そうして無事、チケットを購入!
ネックストラップ付パスと、特典のミニクリアファイル(レコードを購入した時と同じ特典)を受け取り、いよいよ会場内へ。
開場して間もないからか、思ったより人は少なかった。DJイベントだから若者多めかな、と予想していたが、ライブと同じく幅広い年齢層のようだ。外国の方も多そうだ。
さて、どこに陣取ろう。まだDJイベントの勝手がわからないが、とにかく踊りたいから前の方かな。
早めに来られた皆さんは、前の方に直行する方もいれば、後ろの方のテーブルや、小上がりになったカウンターでお酒を嗜んでいる方もいる。シニアの方も多いので、スタッフの方が慌てて追加の椅子をたくさん用意してる姿が目に入った。
私は一切飲むつもりがないし、(そのために水筒を持ってきた)DJプレイもちゃんと見たいからやっぱり前だな。せっかく早く来たもの!
ということで、4列目の真ん中あたりに立つ。
先ほどのおじさまが前列にいらっしゃって、「受け取れたんだ、よかったね」と声をかけてくださった!その後、おじさまのお連れの方も含めて少しお話しできて、1人参加でも馴染めたようで嬉しかった。
ようやく一息...の前に、コート問題がまだ残っていた。先ほど受付でコインロッカーについて尋ねると、会場内にはないとのこと。
(ずっと手に持つのはやだなぁ)
周りの皆さんを盗み見ると、足元に置いたり、端の方は壁際に置いたり様々だった。
考えた末、貴重品は全てカバンの中なのでコートは丸めて壁際に置くことにした。
ギリギリ視界の隅に入っているし、盗られても自己責任ということで。よし。
さあ、もう思う存分楽しむしかないぞ!ワックワク!
ー 始まりは突然に、爽やかなメロディーで。
「 たそがれ たたずむ僕に
やさしく 静かなベール 」
「素敵な午後は」だ!Natsu Summerさんの手によって、素敵な始まりを告げる。
ああ、このイベントに来てよかった。
普段は1人で、イヤホンやレコードで味わう達郎さんの音楽を、この場にいる皆さんと、同じ瞬間で味わえていることが嬉しくてたまらなかった。
夢中になりすぎて、これ以降の曲順をちゃんと覚えていないが、とにかく何がかかってもノリノリで酔いしれていた。「LET'S DANCE BABY」の2番で、お馴染みのクラッカーを鳴らす粋な方々がいたのだけはよく覚えている。
望み通り、足と腰と頭を揺らして、下手でも音楽に乗る。1人参加は、自由気まま。恥など捨ててしまえ!
両隣も、1人参加のおねえさんおにいさんで。
前列はやはり音楽に熱心な方が多く、缶のお酒を手に持っていても、みなさん上品に飲んでいて、必要以上に騒ぐ方もいない。
んー!いいな、この空間!
しかし、悲劇は突然にして起こった。
「おい、こっちこっち」
ずい、と私の目の前にアルコールが香る背中が現れる。
えっ....
そのおじさんは、もう1人のお連れの方を呼びながら、ごく自然に私の視界を埋めつくした。
4列目の私の目の前。いうならば3.5列目に割り入ってこられたのだ。
背の高いおじさん2人の背中で、ステージは覆い隠されてしまった。
なんで?という疑問以前に、
とにかく、近い。狭い。
譲った、と言うよりは、目と鼻の先の背中から離れるには、一歩後ろに下がるしかなかった。
おじさんたちは、ラッキー、とでも思ったのか、私が先ほどまでいた場所にちゃっかり収まっている。
自動的に4.5列目に追いやられた私。
悲しむ暇もなく、今度は自分が5列目の方のお邪魔になっているのではないか、という焦りが生まれる。
割り込んだおじさんの靴と、後ろの方の床に置かれたカバンで、私のスペースは24.5cmの靴の大きさだけ。
自分の居場所が、どこにもないようだった。
もう、すごすごと最後列に行くしかないのかな。せっかく、早く、来たけど....
その間もずっと、大好きな音楽が流れているはずなのに、全く耳に入ってこなかった。
もはやどうすればいいかわからず、両手で自分の腕を抱きしめて、とっておきのパンプスの先を、しばらくぼんやり眺めていた。
その時、縮こまった右の肩を、とんとんと叩かれた。
「あの、ここどうぞ」
右斜め後ろを振り返る。
そこには、親切な男性が、自分の隣にスペースを開けて待ってくれている姿が。
「あ...ありがとうございます!!!」
きっと彼だけではなく、他の5列目の方も協力してくださったのだろう。
「すみません、ありがとうございます」
ありがたさと、申し訳なさで、感無量だった。
お言葉に甘えて、親切な彼の隣にお邪魔させていただく。
すると、さらに、
「こっちおいでよ!」
前を見ると、3列目のおじさまとお連れの方も、手招きしてくださっていた!
さっき知り合ったばかりなのに、なんて優しい方々だろう...嬉しさとありがたさで、もう胸がいっぱいだった。
「ありがとうございます....!」
何度も何度も頭を下げながら、お気持ちだけ頂戴した。
ようやく自分の居場所ができたこと以上に、皆さんの優しさが嬉しくて有り難くて胸がいっぱいだった。
山下達郎ファンを、より誇りに思えた気がした。
気づけば音楽が再び耳に入ってきて、
踊りを再開する。
いつのまにか達郎さん本人ではなく、まりやさんや吉田美奈子さんなど、プロデュースした曲のメドレーに変わっていた。
初めて聴いたけど、どれもいいな〜
「この曲知ってますか?」
ふと、親切な彼から、話しかけてくださった。
その言葉をきっかけに、少しずつ会話をして打ち解けることができた。
先ほどまで、隣を譲ってくれた(しかもセンター側を)申し訳なさでどこか遠慮していた私が、リラックスできたきっかけでもあった。
竹内まりやさんの「Every Night」が流れ、「あっ、大好きな曲です!」といいつつ曲名を思い出せない私を、笑顔で見守ってくれる素敵な方だった。
実はこの後、もう1人別のおじさまに割り込みされたのだが、その時も彼が気を遣ってご自身の前に入れてくれた。
「自分は背丈があるから」と...
再び心から感謝を伝えると共に、(どうして自分ばかり?)となんだか情けなく、悲しくなった。弱そうな小娘だから舐められているのかもしれないが、「ここいいですか?」とかひと言言ってくれたら、いいのに、な....。
でも、彼やおじさま(お連れの方も)の存在が支えとなって、落ち込まずに、切り替えてイベントを楽しめた。
Natsu Summer さんのDJが終わると、ライターの栗本斉さんとNatsu Summerさんのトーク・ショーへ。
その間、親切な彼と改めてお話ができた。
同じく1人参加で、東北から遊びに来られた学生さんらしい。
同年代の方と音楽の話を出来ること自体稀なので、とても楽しい時間を過ごすことができた。
よくわからずイベントに来ている私に、この後登場するDJ MURO さんや、ダンサー SoraKiさんのことを教えてくれる。
そこで、SoraKiさんという方が「SPARKLE」のMVのダンサーさんだとようやく気づき、
「えっ、今日見れるってことですか!?」とアホ丸出しで聞く私。
どうやらただのDJイベントではないらしい....後半への期待が一層高まる。
いつのまにかトークショーが終わり、イベントの後半が始まった。
ジャージ姿で、フラっと袖から現れた、渋かっこいいおじさま。
彼が、DJ MURO さんか!
MURO さんが登場すると、会場のボルテージは一気に急上昇。
「MUROさーん!!」と言う歓声も凄まじい。よっぽど人気な方なんだなあ。
親切な彼が話していたように、界隈ではレジェンド的存在らしい。
だって、MUROさんのDJプレイ、すごい。全て知っている曲だからこそ、素人でもわかる。繋ぎが気持ちいい。
「WINDY LADY 」や「RIDE ON TIME」が、また違った新鮮な音で入ってくる。
会場にヒップホップ系の若者姿が多かったのはそういうことね。
達郎さんとヒップホップって相容れないと勘違いしてたけど、こうして架け橋となる方々がいるんだ。
ここで、「SPARKLE」が流れ出す。
あっ、ということは...!!!!
Dancer SoraKiさんが、軽やかなステップと圧倒的な存在感でステージに現れる。
カッコ良すぎて、ずっと息を呑んで見つめてしまった。MVを「これまた今風でシャレオツなの作ったなー」とちゃんと見ていなかったので、衝撃がより大きかった。
達郎さんの楽曲のイメージを、そのままダンスにして踊っている。それにつきる。曲名通り本当に輝いていた。
その後、これまた大好きな「DAYDREAM」で続けてダンス。
こんな表現があるんだ。その場にいる誰よりも自由に、達郎さんの音の上で遊べているようなSoraKiさんが、心底羨ましく、感動した。
あっという間の2曲のダンスが終わり、鳴り止まない拍手と歓声。
このイベントのおかげで、素敵なダンサーさんに出会えて幸せだ!
再び、MUROさんの世界観にどっぷり浸る。
「DANCER」に「CIRCUS TOWN」に..わ〜「プラスティック・ラヴ」なんて、最高すぎるよ!!歌詞を口ずさみながら、全身で音楽を楽しみ続けた。
(もうすぐ、フィナーレだよな...ああ...終わってほしくない!)
「そろそろ、来ますよね、あの曲。」
隣の親切な彼に、ニヤリと呟いたその直後、予想通りBOMBERのイントロが。
「 BUILの谷間へと 滑り込んで行く様な
奴の車は ポリス泣かせ 」
「金があれば太陽でさえ oh...
つかむ事が出来る都市さ ah...」
何一つ共感できない歌詞にハードなファンクなのに、これほど夢中になって踊れるのは、達郎さんの魔法かしら。
あの頃、大阪のディスコでこの曲が流れた日から、時を超えても、全く色褪せないカッコ良さ。
会場が一体となっているのが、目を閉じていてもわかる。
これが、FRIDAY NIGHT BOMBER!!!
このままずっと、踊り続けよう!!
ーーーーーーーーー
21:00 イベントが終わり、興奮冷めやらぬまま、親切な彼とともに渋谷駅へと向かう。
イベント前はよそよそしかった街に、今は「もう少しいたい」と思える不思議。
改めて「助けてくださって、本当にありがとうございました」とお礼を伝えられた。
いつかまた、どこかでお会いできたらいいな。
帰り道、なんだかまっすぐ帰りたくなくて、遠回りしてイルミネーションを眺めながら歩く。
耳元のAirPodsからは、絶えず達郎さんの声が聞こえてくる。
伝説の、伝説の夜だった。
みんなにとっても、
そして、私にとっても。